僕は鏡を叩き割る
成井豊

二十歳の頃、僕は非常に精巧な鏡を持っていた。
その鏡を覗き込むと、目や鼻や口はもちろんのこと、
皺や毛穴や剥がれかかった皮膚の角質層まで見ることができた。
さらによく覗き込むと、
顔の醜さや頭の悪さや心の弱さまで見ることができた。
誰かを好きになると、その鏡は、
「おまえなんかが、あの子に好かれると思うか?」と言った。
大学を卒業した後も芝居を続けたいと思うと、
その鏡は、 「才能もないのに、なぜ続けるんだ?」と言った。
鏡の言うことは実にもっともなので、
僕はいつも鏡の意見に従い、いろんなことを諦めた。
それが大人になることなんだと、自分自身に言い聞かせて。

しかし、ある日、気がついた。
鏡というのは現実を映し出すものだ。
けっして未来は映し出さない。
確かに、今の僕はこの程度の人間だが、
数年後には、もう少しまともな人間になっているかもしれない。
つまり、僕は変わるんだ。僕が変わろうと思いさえすれば。
二十歳の頃、僕は非常に精巧な鏡を持っていた。 が、僕はその鏡を叩き割った。
『不思議なクリスマスのつくりかた』を書いたのは、僕が二十歳の時だ。
この物語の中で、僕は鏡を叩き割る。


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