元治元年5月10日朝、京都洛外壬生村、新撰組屯所。

新撰組入隊試験の場に、立川迅助(今井義博)と小金井兵庫(西川浩幸)がいた。

当時の京都では新撰組が町人に毛嫌いされていた。もともと京都は勤皇派の天下。長州藩を中心とする勤皇の志士たちが町を我がもの顔で歩き回っていた。そこで結成されたのが新撰組だ。京都の治安を守るという大義名分のもとに、志士たちをつぎつぎと血祭りにあげていった。そして長州は薩摩と会津に裏切られて京都を追い出され、新撰組は京都でえらそうにふるまうようになっていった。
小金井兵庫は、新撰組に入隊することで、そのすべてを見て記録として残そうとしていた。

新撰組入隊試験は沖田総司(菅野良一)を相手の剣道だった。 立川迅助は沖田に徹底的に打ち込まれてしまうが、何度も立ち上がっては向かってくる。その姿勢が土方歳三(大内厚雄/上川隆也)の目にとまり、晴れて入隊試験合格となった。

小金井兵庫は、沖田と五分に渡りあい、迅助と同じく新撰組へ入隊が決まった。