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1961(昭和36年)
10月8日成井豊、埼玉県飯能市に生まれる。
同年同月25日加藤昌史、東京都調布市に生まれる。
同年4月29日大森美紀子、東京都中野区に生まれる。
というわけで、劇団最年長は大森である。


1980(昭和55年)
4月 成井豊、早稲田大学第一文学部に入学。同時に早大の演劇サークル「てあとろ50'」に入団。6月に、玉川大学に入った大森美紀子も入団。

●その頃の作・演出は、現在「ラッパ屋」主宰の鈴木聡氏。

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1981 (昭和56年)
11月 劇団てあとろ50'公演『ねむれ巴里』 明石スタジオ(高円寺)
成井の処女戯曲。演出も初体験。大森も出演。

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1982 (昭和57年)
4月 劇団てあとろ50'公演『キャラメルばらーど』東芸劇場(高田馬場)
『不思議なクリスマスのつくりかた』の原型となった作品。チャーリー・ブラウンは大森。

●初日を観て、「この世にこれ以上面白いものはない」と、加藤昌史が入団。

11月 劇団てあとろ50'公演『ろくばんめの聖夜(クリスマス)』シアターグリーン(池袋)
『銀河鉄道の夜』を題材にした作品。大森主演。加藤、初舞台。

●これを観て「雷に打たれ」、真柴あずきが入団。

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1983 (昭和58年)
5月 劇団てあとろ50'公演『ガラスの弾丸で撃て!』 東芸劇場
ハードボイルド路線で連日超満員。

●この公演で成井はてあとろ50'を引退するが、その後の作家が不在だったため脚本だけは書くことになる。

12月 劇団てあとろ50'公演『子の刻キッド』 シアターグリーン
スカッと爽やかな観後感を目指して書かれた学園青春ファンタジー。真柴、初舞台。演出は福本伸一さん(現在「ラッパ屋」)。

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1984 (昭和59年)
2月 劇団てあとろ50'卒業生公演『カンガルー通信』 東芸劇場
成井たちの学年の卒業公演。演劇養成所を舞台に、それぞれの人間ドラマを描いた。

4月 劇団てあとろ50'公演『星に願いを』 東芸劇場
筆を折った作家を作品の主人公が助けにくるという、メタフィクション作品の第1号。演出は福本さん。

12月 劇団てあとろ50'公演『キャラメルばらーど』改訂再演 シアターグリーン/銀座みゆき館劇場
メンバーがほとんど入れ替わり、演出も加藤に交替。西川浩幸、初舞台。しかもなんと「スヌーピー」役。真柴は「サリー」役。

●銀座みゆき館劇場主催「大学演劇フェスティバル」に初出場・初優勝。
●現在キャラメルボックスで恒例になっている「気合い入れ」という儀式は、この公演から始まった。

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1985 (昭和60年)
5月 劇団てあとろ50'公演『子の刻キッド』改訂再演 東芸劇場
てあとろ50'での、最後の成井作品。演出は加藤。

●西川は「海賊ハック」役、真柴は「ミドリカワヨウコ」役。
●この公演で「キャラメルボックス結成。劇団員募集」のチラシをまく。これで引っかかった現メンバーは、中村恵子、伊藤ひろみ。

1985年6月30日
キャラメルボックス結成

てあとろ50'出身の成井豊・加藤昌史・真柴あずきを中心に結成。劇団名は、成井が芝居に開眼した『キャラメルばらーど』から取った。学生の頃から、てあとろ50'を引退したらこの名前でやるのだ、と成井が言っていたため、何も考えずにそのまま旗揚げしてしまったのだ。今にして思えば、長すぎた気もする。

●6月30日は、みんなでキャラメルの箱を持って、高田馬場ビッグボックスの前に集まった。その後も徐々にメンバーを増やして、翌年3月の旗揚げ公演に向けて新たに活動開始。

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1986 (昭和61年)
3月 第1回公演『地図屋と銀ライオン』 東芸劇場
大航海時代をモチーフに、友達の失明の原因を取り除くために、過去へと遡る少女たちの冒険。

●現メンバーで出演していたのは、大森・真柴・中村恵・伊藤・成井・加藤。西川はまだてあとろ50'に在籍中だったのに、前説をやらされた。(観客動員数 722人)

9月 第2回公演『左腕のガリバー』 東芸劇場
時間を自由に操れる「砂球時計」と、心の時間が止まってしまった親友を救おうとする少女たちの物語。

●西川が客演。以降6年間、客演のまま。1993年3月『四月になれば彼女は』の初日前夜に、突然劇団員になることを表明した。(観客動員数 1153人)

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1987 (昭和62年)
1月 第3回公演『百万年ピクニック』 ザ・スズナリ(下北沢)
それぞれ一つずつの魔法を使える六人の魔法使いたちと「まりな」という少女の冒険の物語。

3月 第4回公演『百万年ピクニック』 〜東芸劇場閉館記念公演参加〜
東芸劇場の閉館記念公演に呼ばれて上演。この公演で、加藤が役者引退。(第3回+第4回観客動員数 1599人)

★津田匠子が入団。加藤の高校の後輩だった。

9月 第5回公演『北風のうしろの国』 新宿シアターモリエール
「自分だけの音楽」を作るために七つの橋を渡る「ゴーシュ」の冒険。テーマ音楽は、なんと加藤の弟が作曲!! (観客動員数 1616人)

12月 第6回公演『子の刻キッド』 新宿 THEATER/TOPS
てあとろ50'時代の作品の全面改訂版。

●この頃から客席は超満員状態となる。(観客動員数 1674人)

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1988 (昭和63年)
5月 第7回公演『スケッチブック・ボイジャー』 新宿シアターモリエール
少女まんが家「のはら」の描くSFアドベンチャーの世界と、「のはら」の日常とが交錯するメタフィクション。
●津田が初日の5日前に倒れ、急遽、真柴が代役で出る。驚異的な記憶力を発揮し、ピンチを救った。(観客動員数 2022人)

8月 第8回公演『グッドナイト将軍』 新宿シアターモリエール
天使のミスで、交通事故で天国に行ってしまった少女「わたる」が、映画から飛び出した巴御前の幽霊と出会い、不思議な事件に巻き込まれていく。(観客動員数 2031人)

12月 第9回公演 1988クリスマス公演『不思議なクリスマスのつくりかた』 新宿シアターモリエール
てあとろ50'時代の『キャラメルばらーど』の全面改訂再演。初代チャーリー(大森)と二代目スヌーピー(西川)の競演は、内部で話題を呼んだ。

●観客動員が前回公演から一挙に千人増え、全ステージ超満員。(観客動員数 3028人)

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1989 (平成元年)
2月 第10回公演ハーフタイムシアターVol.1
『銀河旋律』
新宿シアターモリエール
タイムトラベルが日常化した時代。何者かに過去を変えられてしまう「柿本」と「はるか」。それに気付いた柿本は……?!

●「上演時間45分・平日は1日2回、土日は4回公演」という、『ハーフタイムシアター』の第1回。(観客動員数 2703人)

5月 第11回公演『スケッチブック・ボイジャー』
新宿シアターモリエール⇒横浜相鉄本多劇場
前年の人気作品を再演。他劇団の主役級を5人客演で呼び、新しい『スケッチブック・ボイジャー』を作る。

●準主役の西川が初日の二週間前の稽古中、アキレス腱を切り、急遽、「劇企画翔舞」の蒲田哲士さんに代役を頼む。(観客動員数 3437人)

★6月、「男優オーディション」で、上川隆也が入団(受験者7人中3人合格)。そして、石川寛美が、大森美紀子と小学校の同級生だったというコネで入団。坂口理恵は、「衣裳をやりたい」とウソついてこっそり入ってきた。

8月 第12回公演『ナツヤスミ語辞典』 青山円形劇場
初の青山円形劇場進出。夏休みの学校で起こる、3人の少女と、明るい幽霊の不思議な物語。(観客動員数 3900人)

12月 第13回公演 1989クリスマス公演
『サンタクロースが歌ってくれた』
新宿シアターモリエール
芥川龍之介と江戸川乱歩が青年時代に出会っていたら、という設定の映画『ハイカラ探偵物語』から、登場人物たちが現代のクリスマスイブに飛び出してくる。

●日曜日に3ステージ組んだにも関わらず、超満員となる。キャラメルボックス史上初の「アンコール」の拍手が起こる。(観客動員数 5734人)

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1990 (平成2年)

★2月のオーディションで、坂口理恵が役者として正式入団。

4月 第14回公演 ハーフタイムシアターVol.2
『広くてすてきな宇宙じゃないか』
新宿シアターモリエール
『銀河旋律』の続編とも言える、ハーフタイムシアター第2弾。レイ・ブラッドベリのSF『歌おう! 感電するほどの喜びを』を下敷にしたハートウォーミング・ストーリー。(観客動員数 6015人)

8月 第15回公演 東京サマーツアー
『ディアーフレンズ,ジェントルハーツ』

引退したスラッガー「カゲウラ」のもとへ、未来から息子がやって来る……という半分SFのようなファンタジー。上川、初主演。音楽は、なんと全曲オリジナル。(観客動員数 7274人)

12月 第16回公演 1990クリスマスツアー
『不思議なクリスマスのつくりかた』(再演)

新神戸オリエンタル劇場(神戸)⇒シアターアプル(新宿)
'88年に上演した作品の改訂再演。初の中劇場公演、初の関西進出と冒険だらけの公演。しかし、神戸の初日のカーテンコールでは、スタンディング・オベーションが起こり、挨拶に出た大森は舞台上で感激のあまり絶句。それを見ていた成井も客席で鳴咽していた。(観客動員数 神戸1690人+新宿9651人=合計11341人)

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1991 (平成3年)
★1月のオーディションで、岡田さつきが入団。
★2月 キャラメルボックス製作部を司る、「株式会社ネビュラプロジェクト」設立。現在の「加藤ビル」に移転。

3月 第17回公演 ハーフタイムシアターVOL.3
『ハックルベリーにさよならを』
新宿シアターモリエール
神田川をカヌーで下る少年の、父とその新しい結婚相手、そして母の間で揺れ動く心を描く。

●完全ダブルキャストで、合計50ステージ上演。(観客動員数 11186人)

8月 第18回公演 '91サマーツアー 『ナツヤスミ語辞典』(再演)
シアターサンモール(新宿)⇒近鉄アート館(大阪)⇒新神戸オリエンタル劇場⇒青山円形劇場
'89年に青山円形劇場で上演したものを再演。観客動員の増加のペースが早すぎて、同じ地域で二ヶ所やらないと間に合わない事態に。(観客動員数 新宿2567人+大阪1221人+神戸1698人+青山8564人=合計14050人)

10月 青山演劇フェスティバル参加
加藤昌史プロデュース公演『天国から北へ3キロ』

中村文化小劇場(名古屋)⇒青山円形劇場
青山円形劇場からの依頼で、加藤が初めて「プロデュース公演」を行う。脚本は、東京サンシャインボーイズの三谷幸喜氏、演出は劇団ショーマの高橋いさを氏。キャラメルボックスからは西川と大森が出演。

12月 第19回公演 1991クリスマス公演
『ブリザード・ミュージック』

新神戸オリエンタル劇場⇒スペースゼロ(新宿)⇒シアターアプル
宮沢賢治の未発表作品を上演するために、いきなり劇場まで借りてしまう、「清吉」老人。最初は反対していた家族や、集まった若い役者とともに一本の舞台を創りあげていくまでを描いた、初のワンシチュエーションのストレートプレイ。(観客動員数 ゼロ4080人+神戸2900人+アプル9241人=合計16221人)

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1992 (平成4年)
4月 第20回公演 ハーフタイムシアター・ダブルフィーチャー
『銀河旋律』『広くてすてきな宇宙じゃないか』(ともに再演)

近鉄小劇場(大阪)⇒シアターアプル
第1回・第2回のハーフタイムシアターを、二本同時に、しかも近小とアプルでやってしまえ、という無謀企画。特大のビデオプロジェクター、ムービングライト、フライングなど、もう、やりたい放題。結果は、超満員超大赤字。(2作品合計観客動員数 大阪4168人+新宿17215人=21383人)

★5月、それまで製作部で修行していた岡田達也が、晴れてオーディションで入団。

8月 第21回公演 1992サマーツアー『カレッジ・オブ・ザ・ウィンド』
新神戸オリエンタル劇場⇒紀伊國屋ホール

●小劇場劇団憧れの紀伊國屋ホール初公演。神戸ではスタンディング・オベーション、東京は連日超満員となる。(観客動員数 神戸2978人+新宿15272人=合計18250人)

10月 アナザーフェイスvol.1『また逢おうと竜馬は言った』
聖蹟桜ヶ丘アウラホール
劇団ショーマから演出に高橋いさを氏、客演に川原和久さんら3名を呼んで、「キャラメルボックス対ショーマ」という「異文化接触」をはかる。(観客動員数 8073人)

12月 第22回公演 1992クリスマスツアー『サンタクロースが歌ってくれた』(再演)
パナソニック・グローブ座(新大久保)⇒近鉄劇場(大阪)
満を持しての自信作再演。が、東京では上演中に停電、大阪ではまるまる1シーン、スピーカーから謎の轟音が出る、というトラブルが続発。(観客動員数 東京13676人+大阪3011人=合計16687人)

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1993 (平成5年)
★1月のオーディションで、篠田剛、菅野良一が入団。

3〜4月 第23回公演 アコースティックシアターVol.1
『四月になれば彼女は』

フェスティバル・リサイタルホール(大阪)⇒テレピアホール(名古屋)⇒シアターアプル
役者の感情をじっくり観ていただこう、という「アコースティックシアター」を企画。しかも、オリジナルメンバーの真柴が、成井と共同で初の脚本執筆。(観客動員数 大阪2688人+名古屋1923人+新宿12842人=合計17453人)

7〜8月 第24回公演 1993サマーツアー『グッドナイト将軍』(再演)
シアターアプル⇒新神戸オリエンタル劇場⇒紀伊國屋ホール
5年前の作品の再演。津田の「巴御前」が絶品との評判。(観客動員数 アプル4129人+神戸4284人+紀伊國屋12369人=20782人)

●紀伊國屋ホールで第1回トークショー開催。

★「キャラメルボックス・サポーターズ・クラブ」を結成。
「もっともっとキャラメルボックスをがんばらせよう」とプロデューサー自らが旗を作って会長になる。実は、西川や岡田達也が浦和レッドダイヤモンズのサポーターをやっていたのがうらやましかったらしい。

10月 アナザーフェイスVOL.2 アナザーフェイスダブルヴィジョン
成井作品を高橋いさを氏が演出する方を「い組」、高橋作品を成井が演出する方を「ゆ組」と名付け、2時間モノを2本同時に、しかも別な劇場でやった。

い組=作・成井豊■演出・高橋いさを『嵐になるまで待って』
聖蹟桜ヶ丘アウラホール
原作である、成井が「芝居にできない物語を」と書き下ろした小説『あたしの嫌いな私の声』を読んだ加藤が「芝居にしましょう」と言い出して戯曲化した作品。(観客動員数 7735人)

ゆ組=作・高橋いさを■脚本・真柴あずき■演出・成井豊『ジャングル・ジャンクション』
俳優座劇場
原作は劇団ショーマの名作『ウォルター・ミティにさよなら』。ラッパ屋からの客演・福本伸一さんがやった「オオニタ」を除く全ての役を、女優だけで演じ切った。(観客動員数 5510人)

12月 第25回公演 1993クリスマスツアー『キャンドルは燃えているか』
新神戸オリエンタル劇場⇒シアターアプル⇒ニューピアホール(浜松町)
台本完成が仕込みの5日前という、あまりありがたくない新記録が樹立された。スタッフ・キャストに配られた台本のラストシーンの後に、成井のお詫び文が印刷されていた。(観客動員数 神戸4540人+アプル5308人+ニューピア9540人=19388人)

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1994 (平成6年)
2月 TOKYO演劇フェア'94 ミュージカル『シンデレラ迷宮』
東京芸術劇場小ホール1
少女小説界の大家・氷室冴子氏の代表作を、成井脚本でミュージカル化。音楽は小川美潮氏の全曲オリジナル、振付は川崎悦子氏、という豪華メンバーにも関わらず、たったの7ステージ。もったいなさすぎる、ということで直後に再演が決定。

3〜4月 第26回公演 アコースティック・シアターVol.2『アローン・アゲイン』
近鉄小劇場(大阪)⇒テレピアホール(名古屋)⇒シアターアプル
劇中音楽の全てをスパイラルライフが提供。

●ぴあに載ったこの公演の告知記事写真を見たNHKの方が、リハーサルを観た後に上川の中国行きを決めた。(観客動員数 大阪4042人+名古屋2293人+新宿14239人=20574人)

5月 ニッポン放送開局40周年 オリジナルミュージカル『シンデレラ迷宮』
ヤクルトホール
急遽、上川が主人公「リネ」を助ける謎の男「ロット・コッド」をやることに。上川は、『アローン〜』の本番中の昼間、稽古に参加。初演を凌ぐパワーの作品になったが、ゴールデンウィークと重なって客席はガラガラ。

5月14〜15日/28〜29日 番外公演
キャラメルボックスと行くJR東日本シアターエクスプレス『やまびこ65号、応答せよ!』

世界初「新幹線車内公演」に挑戦。構成・演出は高橋いさを氏。高橋氏が目的地の盛岡まで取材に行ったり、客演の粟根まことさん(劇団☆新感線)が走る新幹線の中でこっそりレシーバーの実験をしたりと、気の遠くなるような下準備が行われた。

●読売新聞の夕刊トップ掲載を皮切りに、各TV局から取材が殺到。アメリカのABC放送まで来た。
●2回で1200人動員。

7〜8月 第27回公演 1994サマーツアー 『ディアーフレンズ,ジェントルハーツ』
シアターアプル⇒新神戸オリエンタル劇場⇒テレピアホール(名古屋)
4年前の作品を大幅に改訂して再演。

●江川卓さんの球を打つために戦う男の話だったのだが、なんと江川さん本人が観に来てくださって、一同大慌て。でも、江川さんは喜んでくださった。(観客動員数 新宿15187人+神戸4491人+名古屋2442人=22120人)

9〜10月 アナザーフェイスVol.3 『俺たちは志士じゃない』
シアター・ドラマシティ(大阪)⇒聖蹟桜ヶ丘アウラホール
成井と真柴の共同脚本による、初の本格時代劇。

●当時、急成長していた劇団「惑星ピスタチオ(解散)」と組んで、読売テレビ主催の「OSAKA感劇祭'94」に参加。音楽はTUBEの春畑道哉氏が全曲提供。(観客動員数 大阪6667人+東京6983人=13650人)

11〜1月 第28回公演 1994年末年始拡大ツアー 『ブリザード・ミュージック』
新神戸オリエンタル劇場⇒シアターアプル⇒池袋サンシャイン劇場
⇒札幌市教育文化会館⇒盛岡劇場⇒仙台市青年文化センター

初日の一週間前の通し稽古で、岡田さつきが足の甲を骨折。急遽、当時見習い中の関根麻美(退団)がピンチヒッターとして抜擢される。「全治2カ月」と言われた岡田さつきも根性で治し、北ツアーから復帰した。(観客動員数 神戸4657人+東京14548人+札幌2506人+盛岡750人+仙台1174人=23635人)

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1995 (平成7年)

★2月のオーディションで、前田綾・細見大輔・大内厚雄が入団。

5〜6月 第29回公演 10周年記念2本連続上演
シアターアプル⇒大阪・近鉄劇場

『スケッチブック・ボイジャー』/『ヒトミ』
10周年だから無茶をやろうということで、成井は両方の脚本・演出を担当、西川・大森を初めとする6人の役者は両方に出演、片方にしか出ていない役者ももう一方の裏方で活躍、と文字通り総力戦となった。(観客動員数 東京25037人+大阪7582人=32619人)

●近鉄小劇場で第2回トークショー開催。

8〜9月 1995サマーツアー 『また逢おうと竜馬は言った』
新神戸オリエンタル劇場⇒福岡ももちパレス⇒高知県民文化ホール⇒新宿シアターアプル
3年前のアナザーフェイスで上演した作品を、キャラメルボックスだけで再演。初演で主役の「オカモト」を演じた上川が「竜馬」を演じ、ほぼ新作とも呼びたいほど趣の違う仕上がりとなった。(観客動員数 神戸5885人+福岡1306人+高知617人+東京14882人=22690人)

●新神戸オリエンタル劇場・シアターアプルで第3回トークショー開催。

11〜12月 1995クリスマスツアーツアー 『レインディア・エクスプレス』
名古屋テレピアホール⇒新神戸オリエンタル劇場⇒サンシャイン劇場
幕末の函館五稜郭から脱走して嵐に巻き込まれ、不老不死になってしまった「雷太」。年を取らない彼と、太平洋戦争の頃に知り合った「ナオ」。「何かあったら、必ず助けに来る」という約束を残していなくなった「雷太」が、50年を経て、「ナオ」の孫「ユカリ」の前に現れる。(観客動員数 名古屋2511人+神戸5917人+東京15095人=23523人)

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1996 (平成8年)
4〜5月 ハーフタイムシアター・ダブルフューチャー
下北沢本多劇場⇒大阪・近鉄小劇場
  1. 『ハックルベリーにさよならを』
  2. 『TWO』

満を持してのハーフタイムシアター2本立て、ふたたび。合計74ステージ全てに出演した西川と前説の加藤には拍手を送りたい。

●『ハックルベリーにさよならを』で初めて本物の水を使う。(観客動員数 東京22633人+大阪8425人=31058人)

6月8〜9日/15〜16日/22〜23日
『シアターエクスプレス 96 “やまびこ67号応答せよ!”』

2年前に初挑戦して、あまりの大変さに「もうやりたくない」と言っていたこの企画。JR東日本さんのアンコールに根負けして、さらにグレードアップして再演。宮澤賢治生誕百周年も重なって、NHK・BSで『走れ! 宮澤賢治号』という結構おまぬけなタイトルで全国放送される。

●3回で1800人動員。

8〜9月 1996サマーツアー 『風を継ぐ者』
福岡ももちパレス⇒新神戸オリエンタル劇場⇒シアターアプル
『また逢おうと竜馬は言った』や『俺たちは志士じゃない』の公演で、「キャラメルボックスは新選組が嫌いなんですか」とアンケートに書かれてきたが、この作品を観てもらえれば、そうではないことがわかる。

●音楽の全てを、ZABADAKが提供。(観客動員数 福岡1586人+神戸6778人+東京20528人=28892人)

8月 ファンタジックシアターVol.1 『ケンジ先生』
こどもの城 青山円形劇場
「いつかはやりたい」と成井が温めていた、「こどもと、昔こどもだったおとなたちのための舞台」が意外に早く実現した。音楽は全てZABADAK。(観客動員数 4580人)

11〜12月 1996クリスマスツアー 『不思議なクリスマスのつくりかた』
福岡メルパルクホール⇒新神戸オリエンタル劇場⇒赤坂BLITZ
キャラメルボックスでは3度目の上演となったこの作品。REDとGREENの2チームに分かれてお届けした。ただし、西川と大森と真柴は両チームに出演。(観客動員数 福岡1726人+神戸7063人+東京18677人=27466人)

●福岡西新パレスホールで第4回トークショー開催。

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1997 (平成9年)
★2月のオーディションで、岡内美喜子が入団。

3 〜4月 第35 回公演1997 アコースティックシアターVol.4 『あなたが地球にいた頃』
サンシャイン劇場→メルパルクホール福岡→アートピア・ホール(名古屋)→シアター・ドラマシティ
2年ぶりのアコースティックシアター。

●ラストシーンで、バックに流れた曲は、TWO of USの書き下ろし。(観客動員数 東京20004人+福岡1777人+名古屋2824人+大阪5582人=30187人)

7 〜8月 第36 回公演1997 サマーツアー『嵐になるまで待って』(再演)
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場→札幌市教育文化会館大ホール→仙台市民会館小ホール
93年にアナザーフェイスとして上演した作品を、大幅に改訂。

●東京公演本番中に、岡田達也が肋骨を骨折。激痛をこらえて、全ステージ完走。(観客動員数 神戸7356人+東京19361人+札幌2652人+仙台1395人=30764人)
●新神戸オリエンタル劇場で行われたCSC関西大集会で、バックステージツアーを開催。

9月 アナザーフェイスVol.4 『ブラック・フラッグ・ブルーズ』
聖蹟桜ヶ丘アウラホール
3年ぶりにして、4度目のアナザーフェイス。今回は、人気急上昇中の劇団「TEAM 発砲・B・ZIN」から、5人のゲストをお迎えして、キャラメルボックス初の本格SFに挑戦。成井と真柴が、ずっと前からやりたいやりたいと騒いでいたSF小説『歌う船』をベースに、笑って泣ける、スピーディな舞台を目指した。(観客動員数 9027人)

11 〜12月 第37 回公演1997 クリスマスツアー『サンタクロースが歌ってくれた』(再々演)
メルパルクホール福岡→新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
本当は新作『さよならノーチラス号』を上演するはずだったのだが、成井の体調不良のため、急遽、演目を変更。たった3週間で一つの芝居を作るのは初めての経験。(観客動員数 福岡3244人+神戸9578人+東京25527人=38349人)●神戸アートビレッジセンターで第5回トークショー開催。

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1998 (平成10年)

★2 月のオーディションで、小川江利子が入団。

3〜4月 第38 回公演1998 スプリングツアー『俺たちは志士じゃない』(再演)
シアター・ドラマシティ→福岡市民会館→シアターアプル
94年にアナザーフェイスで上演した作品を、またまたキャラメルメンバーだけで再演。

●本番2週間前に、「かえで」の役をやるはずだった坂口が、A型肝炎に感染していることが判明。岡田さつきを「かえで」に、中村亮子を「美咲」に、と急遽キャストチェンジを行なった。(観客動員数 大阪7954人+福岡2497人+東京22730人=33181人)

7 〜8 月 第39 回公演1998 サマーツアー『さよならノーチラス号』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
前年の冬にやる予定だった作品を、成井が構想も新たに書き上げた。

●音楽は石田ショーキチさん率いるScudelia Electroにほぼ全曲を提供してもらった。(観客動員数 神戸10172人+東京30739人=40911人)
●サンシャイン劇場で第6回トークショー開催。

8〜9月 ファンタジックシアターVol.2 『ケンジ先生』(再演)
世田谷パブリックシアター→新神戸オリエンタル劇場
2年前の初演では東京でしかやらなかったので、今回は神戸でも上演した。

●初日直前に客演の山田さんが「ハシカ」にかかり、感染者がいる可能性98%、公演中止間違いなし、という状況に。しかし、主治医の杉村先生のご尽力とみんなの気合いで感染者ゼロ!!奇跡でした。(観客動員数 東京8730人+神戸3565人=12295人)

11 〜12 月 第40 回公演 1998 アコースティックシアターVol .5 『マイ・ベル』
新潟市民芸術文化会館→新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
アコースティックシアター第5弾。新潟市民芸術文化会館の「こけら落とし」に呼んでいただく、という大光栄な公演となった。

●正面から「芝居作り」を描いた作品ということで、キャラメルボックスで実際に行われている稽古を舞台で再現。(観客動員数 新潟3013人+神戸7770人+東京23576人=34359人)

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1999 (平成11年)

★2月のオーディションで、藤岡宏美・青山千洋が入団。

3〜4月 第41 回公演 ハーフタイムシアター・ダブルフィーチャーVol.3
『銀河旋律』(再々演)『広くてすてきな宇宙じゃないか』(再々演)

シアターアプル→シアター・ドラマシティ→ももちパレス
もういいじゃないか、と誰かが言ってもよさそうなのに、やっぱりやってしまったハーフタイムシアター2本立て。1992年以来、実に7年ぶりの再々演となる今回は、西川・大森・坂口が両方に出演。怒涛の78ステージを見事に乗り切った。(観客動員数 東京40587人+大阪13884人+福岡3722人=58193人)

7〜8月 第42 回公演1999 サマーツアー『TRUTH 』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
幕末時代劇の第3弾。

●選曲担当の加藤の夢だった、「全曲オリジナル」による公演が遂に実現。河野圭さんがプロデュースと作曲を担当。
●東京公演千秋楽では、急遽サンシャイン劇場の隣のイベントホールを借りて特大プロジェクターを設置し、前代未聞の「ライブ中継」を開催。(観客動員数 神戸10920人+東京33713人=44633人)

9月 ファンタジックシアターVol.3 『怪傑三太丸』
東京グローブ座(新大久保)→新神戸オリエンタル劇場
ファンタジックシアター第3弾。

●成井がZABADAKの全てのCDを聴き込み、6曲を厳選して歌詞を付けた。更に2曲、吉良さんに書き下ろしていただいた。
●去年の『ケンジ先生』に引き続き、田尻さんを始めとするアクションチームが勢揃い。加えて自転車キンクリートの久松信美さんもゲストに迎え、超強力なチームが出来上がった。(観客動員数 東京9271人+神戸5041人=14312人)

11〜12月 第43 回公演1999 クリスマスツアー『キャンドルは燃えているか』(再演)
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
初演と同じ役なのは西川と真柴のみ。田嶋ミラノさんをゲストに迎えて、配役を一新しての舞台となった。

●この公演で、加藤昌史が1992年以来ずっと夢見てきていた「クローズド・サーキット」がついに実現。東京公演の模様を衛星経由で新神戸オリエンタル劇場に生中継し、両方で盛り上がった。(観客動員数 神戸8728人+東京26517人+クローズド・サーキット神戸476人=35721人)

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2000 (平成12年)

★ 2月のオーディションで、温井摩耶・畑中智行が入団。

3〜4月 第44 回公演2000 スプリングツアー『MIRAGE 』
サンシャイン劇場→ももちパレス→近鉄劇場
真柴と成井の共同執筆による新作。

●10年越しでラブコールを送ってきた劇団☆新感線の粟根まことさんが、ついにゲストに。
●東京公演では、「31ステージインターネット生中継」を実現。そしてこの為、西川は寝ぼけるシーンで日替わりのネタを用意するはめに。(観客動員数 東京25824人+福岡2167人+大阪8544人=36535人)

7〜9月 劇団結成15周年記念2本連続公演『カレッジ・オブ・ザ・ウィンド』(再演)
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
結成15周年記念2本連続公演第1弾。その主役に抜擢されたのが入団3年目の小川江利子。中堅の役者たちが『竜馬〜』に出演するので、ベテラン勢と若手中心のキャストになった。

●ゲストには劇団M.O.P.の木下政治さんを迎えた。(観客動員数 神戸9179人+東京28327人+クローズド・サーキット福岡306人+クローズド・サーキット東京276人=38088人)

『また逢おうと竜馬は言った』(再々演)
シアターアプル→新神戸オリエンタル劇場
結成15周年記念2本連続公演第2弾。再演と同じ役をやるのは篠田ひとりというほぼ一新されたキャスティング。篠田と坂口は『カレッジ・オブ・ザ・ウィンド』に引き続き両方に出演。

●ゲストには、田嶋ミラノさん、首藤健祐さん、殺陣を指導してもらっている佐藤雅樹さんの3人を迎えた。(観客動員数 東京18915人+神戸6957人=25872人)

11〜12月 第46 回公演2000 クリスマスツアー『クローズ・ユア・アイズ』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
関東大震災後の東京を舞台に、「死」にまっこうから取り組んだ、成井豊単独書き下ろしクリスマス作品。

●出演者20人というのは劇団史上最多!! 15周年を締めくくるに相応しい、まさに総力戦で挑んだ公演だった。
●音楽は『TRUTH』に続いて2度目の完全オリジナルに挑戦。(観客動員数 神戸8511人+東京28016人+クローズド・サーキット神戸489人= 37016人)

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2001 (平成13年)

★ 2月のオーディションで、大木初枝・大浦理美恵・三浦剛が入団。

2〜5月 第47 回公演2001 スプリングツアー・ダブルヴィジョン
『エトランゼ 』

シアターアプル→新神戸オリエンタル劇場
予想以上の動員の伸びに対応できず、前売即日完売というあってはならない事態に。急遽、追加公演を設けた。今回も音楽は完全オリジナル。準備期間が短い上に新作、という悪条件ながら数々の名曲が生まれた。(観客動員数 神戸6270人+東京16882人=23152人)

『風を継ぐ者』(再演)
サンシャイン劇場→メルパルクホール福岡→シアター・ドラマシティ
スプリングツアー・ダブルヴィジョン第2弾は、'96年に初演された大人気作品が登場!! 菅野演じる「沖田総司」と岡田さつきの「つぐみ」のコンビは健在。しかし、この二人以外の配役は初演から一新された。

●音楽は初演同様全曲ZABADAKが提供。(観客動員数 東京29653人+福岡2927人+大阪10803人=43383人)

7〜9月 第48 回公演2001 サマーツアー『ミスター・ムーンライト<月光旅人>』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
『TRUTH』以来、実に2年ぶりの出演となる上川隆也。劇団史上最多ステージ数を用意したにも関わらず、あっという間に前売即日完売。東京公演は全ステージ、インターネット生中継、千秋楽はクローズド・サーキットと、これまで準備してきたシステムをフル活用し盤石の態勢で臨んだ。(観客動員数 神戸11284人+東京32003人+クローズド・サーキット神戸598人= 43885人)

11〜12月 第49 回公演2001 クリスマスツアー『ブリザード・ミュージック』(再々演)
りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館→新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
初演からは10年ぶり、再演からでも7年ぶりという再々演の今回は、音楽を全曲ZABADAKが担当!!

●主人公の清吉は、再演の設定から10歳老けて90歳に。
●サンシャイン劇場では、ZABADAKアコースティックライブを同じ舞台装置で開催。役者も参加し、盛大な盛り上がりを見せた。(観客動員数 新潟2517人+神戸9175人+東京29433人+クローズド・サーキット神戸392人=41517人)

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2002 (平成14年)

★ 2月のオーディションで、石原善暢・筒井俊作・實川貴美子が入団。

2〜4月 第50回公演 2002 スプリングツアー
『アンフォゲッタブル 』

シアターアプル→福岡市民会館→近鉄劇場
人生をでたらめな順番で生きる「恭一」(大内)。12歳の時に両親を亡くしてから、誕生日が来ると違う年齢にスキップしてしまう。それ以来、伯父の家に引き取られて、伯父の子供たち「倫太郎」(西川)と「唯」(中村亮子)と、本当の兄弟のように育ってきた。ある時、唯に頼まれて「鈴江」(坂口)の観光ガイドを引き受ける。彼女は世界的に有名な画家の未亡人で38年ぶりにアメリカから帰国したのだ。

●TEAM 発砲・B・ZINより平野くんじさんをゲストに迎えた。(観客動員数 東京23784人+福岡2354人+大阪+8206人=34344人)

5〜6月 第51回公演 2002 アコースティックシアターVol.6
『四月になれば彼女は』(再演)
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
真柴あずきの処女作であり、アコースティックシアターの第1弾作品をついに再演。「のぞみ」役は、坂口から前田へ。「あきら」役は、町田(退団)から岡内へ。「耕平」役は、上川から細見へ。と、それぞれバトンタッチ。

●音楽もいつもなら加藤が担当する監修を、Scudelia Electroの石田ショーキチさんがプロデュース。初演の楽曲、ポリスに真っ向から勝負を挑んだ。
●ゲストに首藤健祐さんと、工藤順一さんを迎えた。(観客動員数 神戸6088人+東京16774人=22862人)

6月 CSC結成10周年記念特別企画 2002 チャレンジシアターVol.1
『銀河旋律』ダブルヴィジョン(四演)
シアターアプル
『銀河旋律』を完全ダブルキャストで上演。Aキャストの「柿本」と「はるか」を演じたのは、西川浩幸と大森美紀子。Bキャストは岡田達也と小川江利子。「サルマル」は日替わりキャストとなり、上川、近江谷(退団)、細見、そして、12年ぶりに役者に復帰した成井豊が演じた。また、子育てのために舞台から遠ざかっていた伊藤ひろみや休団していた津田匠子の復活など、サポーターにとってはうれしい話題が満載。

●音楽も2ヴァージョン用意した。Aキャストは'92年に上演した時とほぼ同じ選曲。Bキャストは'99年のものと同じ。(観客動員数 16018人)

7〜9月 第52回公演 2002 サマーツアー
『嵐になるまで待って』(再々演)
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
この舞台の見所のひとつは、多くの登場人物が手話を使用するところ。岡田達也演じる「波多野」の姉「雪絵」は耳が聞こえない設定になっており、ろう女優である忍足亜希子さんに出演を依頼した。稽古段階から手話コーディネイターである妹尾先生に指導していただき、役者から製作部まで本格的に手話に取り組んだ。

●パソコンを使用した字幕スーパーサービスを初めて実施。(観客動員数 神戸9070人+東京28051人=37121人)
●公演中、新神戸オリエンタル劇場でビデオライブ開催『銀河旋律』'02

9月 2002 チャレンジシアターVol.2
『賢治島探検記』
シアターアプル
「路上でもできる演劇を」というコンセプトを元に、成井と坂口が企画した公演。主力の男優陣は出演せず、脚本もオリジナルではないのに、前売が即日完売。チャレンジシアターの名の通り、初めて挑戦することが多く稽古も手探り状態で進行した。

●日替わりキャストとして、外部からは、粟根まことさん、首藤健祐さん、平野くんじさん、工藤順也さんを迎えた。(観客動員数 9599人)

11〜12月 第53回公演 2002 クリスマスツアー
『裏切りご免!』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
『風を継ぐ者』の主人公である立川迅助が再び登場。舞台は京都。関西出身の役者が江戸弁を、関東出身の役者が京都弁や大坂弁を話す配役となり、真っ向から方言に取り組んだ。

●新選組の隊士・「迅助」(細見)は「山崎」(西川)に密偵役を命じられる。その使命は、辻斬りの正体を暴くこと。しかし、迅助は、忍び込んだ薬種問屋・泉州屋の娘・「ゆきの」(前田)に、いつしか心惹かれてゆく。
●大阪で初のクローズド・サーキットを開催。成井が司会を務める。(観客動員数 神戸9281人+東京27676人+クローズド・サーキット大阪240人=37197人)

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2003 (平成15年)

★ 2月のオーディションで、松坂嘉昭・左東広之が入団

2〜6月 第54回公演 2003ジャパンツアー『太陽まであと一歩』
サンシャイン劇場→札幌市民会館→りゅーとぴあ新潟市民芸術文化会館・劇場→愛知厚生年金会館→新神戸オリエンタルティ劇場→メルパルクホール福岡
『Tついに念願の「ジャパンツアー」が実現っ!! 北は札幌から、南は福岡まで日本列島を縦断した。大きな会場が多く、苦戦が予想されたものの、各地で売りきれるステージが続出!! 最も厳しいと思われていた名古屋では、なんと追加公演を用意するという事態に。上川隆也も約一年半ぶりに出演、テレビとは違う魅力を全国で披露した。
●映画監督の「明」(西川)は、部屋で自分の映画を見ているうちに突然意識不明に陥る。彼の妻がそのフィルムを見てみると、なんと映画の中に出演していないはずの彼の姿が……。大学で助教授をしている弟の「智」(上川)は彼を現実の世界に連れ戻すため映画の中へと入っていく。
●福岡公演の大千秋楽は、東京・よみうりホールでのクローズド・サーキットと、インターネットを使った「成井豊+岡内美喜子による解説付き生中継」という2本立ての豪華企画で華々しく締めくくった。
(観客動員数 東京30430人+札幌4350人+新潟3700人+名古屋5554人+神戸10651人+福岡4121人+クローズド・サーキット東京975人=59781人)

第54回公演 2003ジャパンツアー『アローン・アゲイン(再演)』
サンシャイン劇場→シアター・ドラマシティ
サポーターの間でも人気の高かったアコースティックシアター2作目の再演。ジャパンツアーの第2弾として『太陽まであと一歩』の東京公演に引き続いて上演された。この作品の大阪公演が終わってから、『太陽まであと一歩』の地方公演が始まるという変則的なスケジュールだったため、両方に出演した坂口理恵・岡田達也・小川江利子の3人は、2つの役を行ったり来たりするという離れ業をやってのけた。'94年の初演で西川が演じた「光男」役には細見大輔。作家志望だった自身の経験を生かして、西川とはひと味違う「光男」像を作り上げた。
●音楽は初演と同じくスパイラル・ライフの楽曲を使用。初演を観ている人にはたまらない懐かしさを、初めて観る人には新鮮な感動を残した。
●ゲストには『アンフォゲッタブル』に続いて平野くんじさんを迎えた。石原善暢が初舞台。
(観客動員数 東京15401人+大阪7446人=22847人)

8月〜9月 第55回公演 2003サマーツアー『ナツヤスミ語辞典』(再々演)
サンシャイン劇場→近鉄劇場
もはや中学生の役を演じられる役者がいない、との理由から、再演されることはないと思われていた作品が、12年の時を経て復活。「ビートル」と「ドルフィン」の2チームに分かれ、「カブト」(藤岡)、「ヤンマ」(大木)の2人以外はすべてダブルキャスト、という大胆なキャスティングが見所となった。結果、テイストのまったく違う2つの『ナツヤスミ語辞典』となり、この作品の多様性を感じさせた。女子中学生がたくさん登場する非常に賑やかな公演となったが、その制服姿はいろいろな意味で大きな反響を呼んだ。
●音楽は初演・再演で使用した「NARADAレーベル」の楽曲を全曲カバーする、という大胆な作戦に。これまで何度もお世話になっている清水一雄さんの手によって新しく蘇った曲たちが幻想的な舞台を鮮やかに彩った。
(観客動員数 東京29381人+大阪8541人=37922人)

11月〜12月 第56回公演 2003クリスマスツアー『彗星はいつも一人』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
95年の『レインディア・エクスプレス』を大幅に改訂しての再演。成井豊がキャラメル作品の登場人物の中で一番好きだと公言している不老不死の男「北条雷太」をめぐる物語。盤石のベテランを芯に据え、中堅・若手が頑張りを見せる厚みのある公演となった。「雷太」(西川)と「ナオ」(坂口)の最強コンビが織りなすラストシーンは、観ている人すべてを言葉にならない感動の渦に巻き込んだ。また、篠田剛が演じた「柳生先輩」も別の意味で多くの人を打ちのめしていた。
●So-netの全面的な協力により、千秋楽の舞台の模様を翌日からパソコンで何度でも見られるという「オンデマンド」で中継した。実況解説は成井と大森美紀子が担当。
●音楽はキャラメルボックスの冬の定番ともなりつつあるZABADAKが全曲提供。左東広之が初舞台。
(観客動員数 神戸8128人+東京25767人=33895人)

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2004 (平成16年)

★ 2月のオーディションで、渡邊安理・阿部丈二・多田直人が入団

2〜5月 第57回公演 2004スプリングツアー『我が名は虹』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
(観客動員数:神戸8869人+東京26303人=35172人)

『ヒトミ』(再演)
シアターアプル→新神戸オリエンタル劇場
(観客動員数:東京16198人+神戸6252人=22450人)

7月〜9月 第58回公演 2004サマーツアー『ブラック・フラッグ・ブルーズ』(再演)
サンシャイン劇場→メルパルクホールFUKUOKA→大阪厚生年金会館芸術ホール
(観客動員数:東京27143人+福岡2158人+大阪7502人=36803人)

11月〜12月 第59回公演 2004タイムトラベルシアターVol.1『スキップ』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
(観客動員数:神戸7902人+東京24116人=32018人)

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2005 (平成17年)

★ 2月のオーディションで、阿部祐介・小林千恵・小多田直樹が入団

2〜4月 第60回公演 劇団創立20周年記念公演1『TRUTH』(再演)
サンシャイン劇場→メルパルクホールOSAKA→新神戸オリエンタル劇場
(観客動員数:東京32686人+大阪5649人+神戸4214人+クローズド・サーキット4会場2154人=44703人)

5〜6月 第61回公演 劇団創立20周年記念公演2『広くてすてきな宇宙じゃないか』(四演) 『僕のポケットは星でいっぱい』

シアターアプル→新神戸オリエンタル劇場
(観客動員数:東京32178人+神戸10945人=43123人)

8月〜9月 第62回公演 劇団創立20周年記念公演3『スケッチブック・ボイジャー』(四演)
サンシャイン劇場→メルパルクホールFUKUOKA→シアターBRAVA!
(観客動員数:東京24789人+福岡2051人+大阪6893人=33733人)


11月〜2006年1月 2005クリスマスツアー+2006ニューイヤースペシャル タイムトラベルシアターVol.2『クロノス』
新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場→横浜BLITZ
(観客動員数:神戸7656人+東京24348人+横浜4033人=36037人)

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2006 (平成18年)

★ 2月のオーディションで、井上麻美子・久保田晶子が入団

2月 2006チャレンジシアターVol.3 『賢治島探検記』 (再演)
シアターモリエール
(観客動員数:2352人)

3〜5月 第64回公演 2006タイムトラベルシアターVol.3 『あした あなた あいたい』 『ミス・ダンデライオン』

シアターBRAVA!→メルパルクホールFUKUOKA→シアターアプル
(観客動員数:大阪10079人+福岡2630人+東京32948人=45657人)

6〜7月 第65回公演 2006チャレンジシアターVol.4『俺たちは志士じゃない』(再々演)

サンシャイン劇場→新神戸オリエンタル劇場
(観客動員数:東京13521人+神戸5218人=18739人)

7月〜8月 第66回公演 2006サマーツアー『雨と夢のあとに』
サンシャイン劇場→イオン化粧品 シアターBRAVA!
(観客動員数:東京25472人+大阪7484人=32956人)

9月 The 1st DISCOVER VOYAGE『極楽トンボの終わらない明日』
中野ザ・ポケット→新神戸オリエンタル劇場
(観客動員数:東京1650人+神戸560人=2210人)

11月〜12月 第67回公演 2006クリスマスツアー『少年ラヂオ』
西鉄ホール→新神戸オリエンタル劇場→サンシャイン劇場
(観客動員数:福岡1992人+神戸6686人+東京22709人=31387人)

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