「ハックルベリーにさよならを」
作・演出 成井豊


物語


ケンジは小学6年生。 ケンジの最大の関心事はカヌーだ。家庭教師のコーキチくんの話を聞いているうちに、その魅力に取りつかれてしまったのだ。しかし、母さんに反対されているため、実際にカヌーに乗ったことはない。月に一度、ケンジは別居している父さんに会いにいく。

父さんが家を出てからずっと続いていた習慣だ。父さんの住む吉祥寺のマンションのそばには井の頭公園がある。ケンジは、そこでボートに乗るのが楽しみだった。

ある日、ケンジは父さんからカオルさんという女性を紹介される。それがどういう意味なのか、小学生のケンジにだってすぐにわかった。
「僕には関係ない。結婚したければすればいい」
ケンジはそう言って、マンションを飛び出した。そんなケンジをたしなめる兄さん。
「本当はおまえも気になるんだろう? カオルさんがどんな人か」

兄さんはケンジがいやがるのも聞かず、カオルさんのアパートに行く。二人がするいろいろな話を聞いているうちに、ケンジもカオルさんのことが好きになっていく。しかしケンジは決してそれを認めようとはしない。
後日、兄さんとケンジはもう一度カオルさんの部屋を訪ねた時、そこで父さんと会ってしまう。思わず父さんを責めてしまうケンジ。

「父さんはカオルさんと幸せになって、母さんはボクの心配だけして年を取ってく。そんなの不公平だよ。カオルさんなんか、いなくなればいいんだ」
「そんなことを言うためにここへ来たのか」
「ボクは来たくなかった。兄さんを連れ戻すために来たんだ!」
「兄さんって誰だ?」
ケンジが兄さんだと呼ぶその人。それは、カオルさんを好きになってしまった、もう一人のケンジだったのだ。

雨の中ケンジは井の頭公園のボートに乗って、神田川を下り始める。父さんやカオルさんから逃げるために、たった一人になるために。やがて隅田川まで出た時、父さんにもらった携帯電話が鳴る。カオルさんからだった。
「ケンジくんに悲しい思いをさせてまで、お父さんを取り上げたくない。だから、さよならね」ケンジには、何も言えなかった。

それから10年。ケンジは今でも、あの時の自分自身が許せない。カオルさんを好きだった兄さんだけが成長して、少年のままのケンジがずっと心の中にいる。少年のままのケンジは、まだボートの上で泣いているのだ。10年間押し続けたカオルさんの部屋の電話番号。何千回も願った祈りが、ついに時の流れをさかのぼった。

「もしもし」
10年前のカオルさんの声が受話器ごしに飛び込んでくる。
ケンジはカオルさんに「ごめんなさい」と言った。
「謝ることないのよ。私は私でちゃんと幸せになってみせるから、大丈夫。だから、許してあげてね。あなた自身を」

そして、ゆっくりと時計が動き始めた。
CAST
ボク西川浩幸
ケンジ伊藤ひろみ
カオルさん坂口理恵
父さん篠田剛
母さん遠藤みき子
アベさん石川寛美
コーキチくん細見大輔
セコ先輩今井義博

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