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見終わってから読んでください。演劇集団キャラメルボックス製作総指揮 加藤昌史

『雨と夢のあとに』、いかがでしたでしょうか。

この「観終わってから読んでください」というコラムは、キャラメルボックス公演のパンフレットの巻末に20年以上連載してきたもので、このように「続きはWebでっ!!」なんてことをしてしまったのは今回が初めてです。
そうしたのは、忙しくて締め切りまでに書けそうになかったということもあるのですが、今回のこの作品に関しては文字数の制限がある状態では思いを書き切れない、と思ったことが大きいのでご了承くださいませ。

劇中で、朝晴が「なんで雨を残して死んだんだ」と責められるところが出てきます。
これはまさにその通りで、病気ならまだしも仕事ではなく趣味で蝶を捕りに行って死んでしまう、なんて、同じ父親として許し難いことなんですっ。
僕にたとえたら、ラーメンを食べ過ぎて塩分の摂りすぎで死んでしまうようなものでありまして(ラーメン好きなんです)、それはもう言語道断。
僕には子供が3人いますが、長男が産まれた時点から「こいつが一人で生きていけるようになるまでは僕は絶対に死なない」って誓いましたからね。

この「死なない」というのが、自分で凄いな、と思いました。

つまり、劇団を始めた頃はまさかこんなに大規模な活動をするようになるとは思っていなかったので「劇団が大きくなるまでは死なない」なんてことは考えもしませんでした。 むしろ、死んでもいいから今を全力で生きる、という覚悟で、それは今も変わりません。右の段落へ

で、会社を作ってから、「劇団員・社員一同を幸せにするまでは死ねない」と考えるようになりました。
が、この、「死ねない」と「死なない」の間に大きな違いがあることに、「死なない」と覚悟してからわかりました。
「死ねない」だと、意外なことに病気をしても死ななきゃ大丈夫、という意識なのですけど、「死なない」だと、病気やケガさえも自分で自分が許せなくなるのです。
で、これはいいぞ、と。子供のためだけじゃなくて、みんなのために僕は死なない。そう決めました。……鬱陶しくてすみません……。

現在、僕は少なくとも120歳まで生きるつもりで計画を立てているのですが、そう考えると気が楽になります。

せっかく演劇なんていう素敵な仕事を選んでしまったのですから、人類史上最も演劇を楽しんだ人として死んでいきたい、と思うわけです。
何がそれほどまでに楽しいか、と申しますと、ひとえに出会いです。

毎年入ってくるキャラメルボックスの劇団員ももちろんですが、 今回のゲスト・吉田里琴さんのような天才を目の前で見守ることができるという、おそらく自分の大学時代に想定していた職業に就いていたら絶対に無かったであろうことが今起きているのです。

役者さんたちだけではなくて、ダイナミックに動いているこの時代を支えているいろいろな方々と出会い、お話をし、刺激を受けて新しいことをどんどんやっていくことができている、というのもまた想定外の人生と言えると思います。

今年、実は春頃にキャラメルボックスのロゴマークを変えた、というよりも追加しました。カタカナのマークがそれです。

これは、イラストレーターの青木健さんという方にお願いしました。

前述どおりラーメンが大好きな僕ですが、青木さんという方は実は僕が好きな新宿の人気ラーメン店「凪(なぎ)」のロゴマークをデザインされた方。
初めて「凪」のマークを見たときは、「なんでラーメン屋さんがこんなにポップなマークにしちゃったのっ?!」と驚愕したものですが、その後またまた好きになった国分寺のラーメン店「ムタヒロ」のロゴも青木さんデザイン、と知って、これはもう、きっと間違いなく僕と相性がいいんだな、と考えてコンタクトを取ってお会いしました。

その時、青木さんとお話ししたのは、かつてキャラメルボックスを結成した頃は、S・スピルバーグ監督の作品や宮崎駿監督作品の世界のような舞台を創っていきたいと思っていたのが、お二人とも方向性が変わってきて、僕らがやりたいこととは変わってきてしまった、目標がわからなくなってきたぞ、と思った時にふと気づいたのが、手塚治虫さんだったんです、ということ。

手塚治虫さんは、1989年に亡くなった「マンガの神様」と呼ばれた方で、『ジャングル大帝』や『鉄腕アトム』や『リボンの騎士』から『ブラック・ジャック』、果ては『火の鳥』や『アドルフに告ぐ』まで、ものすごく振り幅が大きい作品をとてつもなくたくさん描かれた方で、今なんらかの表現活動をしている人で影響されていない人はいないのではないかとさえ思います。

そんな手塚さんに自分たちを重ねるなんておこがましい、ということは重々承知の上で思うのは、手塚作品にはこどもが楽しめる作品からハードな作品まで、必ずと言っていいほど「ヒョウタンツギ」というキャラクターが登場してきて、息継ぎできるようになっている、ということです。

演劇というと、息苦しくて堅苦しい、というイメージがある中、キャラメルボックスの作品では、どんなに深刻な物語を上演しても必ず「笑い」があります。
それは「ネタ」で笑わせようとしているわけではなく、必死で生きている人間が必死であればあるほど笑いが漏れるようなことをしてしまうことがある、という意味でのものであることが大きいと思います。

今回で言えば、究極のシーンは楠見薫さんが見事に演じてくださった、霧子に朝晴が見えるようになるシーン。
稽古場の時点でぼろぼろ泣きながら見ていたのですが、抱きつくのかと思ったらあろうことか朝晴に両手でチョップをかます、というところ。
その瞬間は「こんな深刻なところで何しやがるんだっ?!」と思い、次の瞬間に「あっ、朝晴が元気だった頃のこの二人のいつもの挨拶はこれだったんだ」と気づき、流れていた涙が倍増して流れるどころか前に向かって噴き出すくらいの感動をしてしまいました。

「笑わそう」としているわけではなくて、その人がその人として生きていることが、観ている側からすると笑いに繋がるし、それが感動に繋がる、ということ。
……あ、もちろん、ヒョウタンツギが感動に繋がるかというと微妙ですが……。

そういうわけで、「次の目標は手塚治虫さんなんです」と伝えたところ、できてきたのがこのロゴマークだった、というわけです。
末永く、よろしくお願いいたします。

さて、今回の『雨と夢のあとに』。

2011年の震災後、平日公演の観客動員数があまりにもふるわない、ということへの対策のために、キャラメルボックスではまず2011年から無茶苦茶たくさんの公演をやるようにしました。
それまでだったらやらなかったような時間帯や曜日にやったり、いろんなチケット料金を作ってみたりと、どんなお仕事の人でも「行きたい」と思ってくださった時にキャラメルボックスならやっている、という体制を整えていこう、と考えたのです。

それに加えて、東北応援無料ツアー『賢治島探検記』をやってから、 少人数で小規模の仕込みでどんな場所でも上演できる芝居をもっと創って日本中の人たちに会いに行きたい、と考えるようにもなりました。

その第一弾が、今春の『彼の背中の小さな翼』。出演者5人の、アコースティックなキャラメルボックスの舞台です。
しかし、やってみてわかったのは、できる、ということ。

出演者の人数など、キャラメルボックスがやりたいことを表現するのには関係無い。
圧倒的な感動は、準備する手間(脚本・演出)や稽古に比例するのであって、出演者の人数や舞台や照明の規模では無い、ということ。
もちろん、今回のようにぐわぁーっと廻り舞台をガンガン使って展開していく大がかりな芝居もそれはそれで楽しいのですが、そうではなくて役者たちが身体や心を、お客さんが想像力を、それぞれ十二分に使うことでできあがる、また別な世界もこれまた楽しい、ということです。

それに味を占めて、今夏はなんとこの『雨と夢のあとに』の5年後の雨を描く作品『ずっと二人で歩いてきた』を創ってしまいました。
キャラメルボックスで、「スピンオフ」をやるのは、「ニュースキャスター・柿本光介シリーズ」や「新選組隊士・立川迅助シリーズ」、「宇宙海賊ダイゴとヤマアラシシリーズ」だけ。……あ、けっこうやってますね……。

見どころは、「ほっくん」の5年後。「えぇーーーーーっ?!」と最初は思うかもしれませんが……観終わったらきっと違ってると思いますので、 是非『ずっと二人で歩いてきた』も観に来てくださいねぇっ!!

そしてキャラメルボックス次回公演は9月に『ケンジ先生』、
冬は映画『素晴らしき哉、人生!』をオマージュしたクリスマス新作。
ガンガンやっていきます。ガンガン遊びにきてくださいっ!!

2013.7.26 katoh Masafumi

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