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観終わってから読んでください。

演劇集団キャラメルボックス 製作総指揮 加藤昌史

『ヒトミ』『あなたがここにいればよかったのに』、いかがでしたでしょうか。『ヒトミ』は1995年に初演、2004年に再演して今回が三演目、『あなたがここにいればよかったのに』は『ヒトミ』と同じでキャラメルボックスの女性脚本家・真柴あずきの書き下ろし新作でした。1993年に『四月になれば彼女は』でデビューさせた真柴は、学生劇団時代の後輩で、当時の僕の初舞台だった成井豊が作・演出をした芝居を見て(←決して「僕の初舞台を見て」ではなく)、劇団に入ってきました。真柴が入った年にその劇団は隆盛期を迎えたのですが、その翌年に先輩たちがほとんど卒業退団してしまい残された僕ら後輩は最悪4人、という事態に追い込まれておりました。が、新人勧誘を賭けた春の少人数でやった公演を観て、今もキャラメルボックスで一緒にやっている西川浩幸を始めとして14人もの新人が入ってきてくれてその劇団は存続どころか僕らがいた頃よりも大規模になっていきました。真柴は当時から文学少女で、キャラメルボックスを始めてからも雑誌に短編小説を連載したりしておりました。

 その真柴ですが、30年近く付き合ってきていますが彼女の書く作品のテーマは常に「信じたいのに信じられない、信じていいのかわからないけど、信じてみる勇気を持てるかどうかは自分が踏み出す一歩にかかっている」だと思っています。いや、わかりませんよ、本人はそんなつもりはないのかもしれませんが。期せずして、今回は両作品ともお医者さんが出てくる話でしたが、真柴に確認してみたところ「わざと」ではなく、そう言われてみれば2004年の『ヒトミ』で筒井俊作が若い医師の役だったことは意識していたかもしれない、とのことでした。お医者さん、というのは、僕ら一般人からしたらスーパーマンであり、そうあって欲しい存在ですね。が、昔からお医者さんを描いたドラマやコミックは多数あり、素敵なお医者さんから大学病院の腐敗を描いたものまで両極端で、身近な先生方の実像ってあまりわかりません。

 僕のすでに亡くなった祖父は、地元で昭和初期から開業医をしていました。一応看板は「外科」だったのですが、街のお医者さんですからなにからなにまで診てました。ケガをしても、風邪を引いても、なんでもかんでも身体に不調が出たらおじいちゃんのところに行く、というのがあたりまえの子供時代を過ごしていたので、祖父が亡くなるまで祖父以外の医師を知りませんでした。正確に言えば、祖父と祖母の最期を看取ってくださったお医者さんが、子供の頃の僕にとっては初めての「他のお医者さん」だったかもしれません。が、そのお医者さんの対応が、子供だった僕にはとても冷たく映り、「他のお医者さん」への不信感が芽生えてしまい、その後なんらかの体調の不良があっても、病院には行かずに薬局で買ってきた薬だけで過ごす日々が10数年続きました。恐ろしいことです、今考えてみると。

そんな僕のお医者さんの見方が変わったのは、まず最初は弟が医者になったこと。彼の書くこと、話すことが、とにかく患者さんをなんとかしてあげたい、という思いが溢れていて、あぁ、これで日本の未来は明るいな、と感じられたのです。それからもいろいろありましたが、決定的に信じられるようになったのは、10年くらい前になるでしょうか、ウチの会社の社員が会社で突然倒れて救急車で病院に運ばれて助かったということがあった時。その原因は心室細動。なにしろ当時は命が助かる確率の方が圧倒的に低い病気だったのですが、なんとその病気の専門の救急病院が会社から救急車で5分のところにあり、なおかつウチの社員が救急救命の講習を受けてたので救急車が来る前の処置も正しかった、ということでギリギリのところで命を繋ぐことができました。彼女の家族は東京にはいなかったので、僕が集中治療室まで立ち会いました。そのICUでのお医者さんや看護師さんたちの動きや、説明してくださる表情を見ていて、僕は震えました。ドラマじゃない、まさに本当に目の前で生死の境にいる人の命を懸命に救おうとしているその現場にいる人たちの、なんと優しく、なんと力強く、なんと心強いことか。自信に満ち溢れて、「助けるために、今こうしてあぁしてそうしています」ということを、クールに、しかし熱く語ってくださったのです。その時に助けていただいた彼女は、今も元気に働いていますが、今でも彼女の誕生日が来ると、いや、日々、目を合わせるたびに、「生きてるんだ」ということに胸が熱くなります。

その後、NHKの「プロジェクトX」や「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、天才外科医のドキュメンタリーなども放映されて、最前線の方々の仕事の様子が僕らにも見ることができるようになってきましたが、一昨年に自分の息子が脳腫瘍で入院した時に、「お医者さん」への尊敬は頂点に達しました。手術をしてくださった脳外科医の先生は、手術前の説明で「これをこうして、それをこうしてから、腫瘍をとりに行きます」という言葉を使われました。僕には、この「とる」という言葉が「獲る」に聞えました。つまり、彼にとっては腫瘍は倒すべき「敵」。必ず獲って、患者の命を救う、という決意が表れていた気がします。その後、飲まず食わずトイレにも行かずに(だそうです)、ぶっ続けで10時間の手術。結果、息子の命は繋がりました。その先生は、そういう手術をほぼ毎日なさっているとのこと。もはや、常人ができることではないと思います。

恋愛や友情関係や仕事関係で、「信じる・信じない」という言葉が使われますが、信じる、ということは「疑わない」ということと一緒ではありません。むしろ、「信じる」より「信じてもらえるように生きる」こと、つまり誠実に生きることが大切なのだと思います。誠実に生きている人を目の前にすると、その誠実は溢れてきます。そしてその溢れた誠実に、自然に身を任せることができます。それが、「信じる」ということなのだと思います。疑っても疑っても、疑えなくなるほどに相手が誠実である、ということ。騙そうとしている人、本人は騙そうとしているわけではないものの自分のために相手を利用としようとしている人、というのは、誠実さに似たものを持っていますが、それは、いつか破綻します。ほころんでくるのが、見えてしまいます。

真柴あずきは、そういう両方の人を、作品の中で描こうとし続けているので、それを演じる役者達にも誠実さが要求されるわけです。つまり、演じる、ということは「だます」ということに近いわけで、ほころびが見えてくるのは簡単。「だます」と「演じる」の違いは、ここにあると思っています。

果たして、キャラメルボックスの役者達は皆さんにほころびを見せることなくこの二作品をお届けすることができたでしょうか。 そしてあなたは、キャラメルボックスが作り出す世界を信じてくださったでしょうか。これからもキャラメルボックスは、一言一言のセリフを大切に、一瞬一瞬を誠実に、舞台を作っていきます。

次回公演は、内田けんじ監督の映画『鍵泥棒のメソッド』の舞台化。昨冬の『ウルトラマリンブルー・クリスマス』も映画の舞台化でしたが、今回は日本の、しかも2012年に公開されたばかりの高評価を受けた作品です。映画では、今をときめく方々----堺雅人さん、香川照之さん、広末涼子さん、荒川良々さんらが、一瞬の油断も許してくれないワクワクするような展開を見せてくださいました。それを、キャラメルボックスは、演出家としての成井豊はいかにライブでしかできないエンターテインメントに仕上げるのかっ?!僕自身も楽しみですっ!!