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加藤昌史コラム「観終わってから読んでください」

演劇集団キャラメルボックス製作総指揮 加藤昌史

 演劇集団キャラメルボックス結成30周年記念公演第2弾『カレッジ・オブ・ザ・ウィンド』、いかがでしたでしょうか。

 1992年に書かれたこの脚本は、それまでマンガの登場人物が飛び出してきたり、映画からこれまた登場人物が飛び出してきたり、アンドロイドのおばあちゃんが空を飛んだりする荒唐無稽な作品ばかりをやっていたキャラメルボックスにとっては、異色の作品でありました。
 特に、ほしみのお父さんとお母さんの設定には、キャラメルボックスで上演する作品として、当時の僕は全く納得できなかったのですが、その後2011年に上演した重松清さん原作の『流星ワゴン』ではもっと大変なことになったわけですからいつかは通る道を早めに通った、ってことだったのかもしれません。

 今年は結成30周年ですが、10年前の「結成20周年」が終わった後、キャラメルボックスは大きな転機を迎えました。初期を支えた俳優たちの退団、そして2011年の地震です。
 実際のところ最初の20年で劇団としてやりたかったことは大抵やり尽くした、と当時の僕たちは思っていた節があって、21年目以降は「新しいこと」と言うよりも「違うこと」をやり始めてしまいました。時には、「キャラメルボックス」の範囲から大きくはみ出したこともやってみたりもしました。20周年を越えて、自分たちの可能性をもっと広げたかった、ということもありますが、「飽きられる」とともに「飽きる」のが怖かった、というのが一番だったのではないかと思います。それがサポーターの方々からは「迷走」と受け取られることもあったように思います。
 それが、2011年の地震で大きく変わりました。それまでは様々な企画を「タイミングが来たらやろう」と寝かしておいたりしたのですが、その日から、「切り札から切っていこう」と考えを改めました。いつ死ぬか、というよりも、いつ芝居ができなくなるかわからないのなら、今やりたい作品からやっていこう、と考えたのです。僕たちの原点とも言えるもののマニア以外には無名の作品なので誰も観に来てくれないかもしれない、と上演をためらっていた海外SF『無伴奏ソナタ』や、逆にSFファンなら誰でも知ってい過ぎて「何をいまさら」と言われそうなのでこれまたためらっていた『アルジャーノンに花束を』と次々と上演し、時代劇のジャンルでは交渉しても門前払いだろうと勝手に二の足を踏んでいた「超大御所」の藤沢周平さんの作品の上演にまで挑戦させていただき、今春には梶尾真治さんのシリーズ小説『クロノス・ジョウンターの伝説』の新作をオリジナルで作ってしまう、という暴挙(?)にも出てしまいました。
 そんな、「明日は無いかもしれない」状況のままの4年間でキャラメルボックスの中に育ってきたのは、「若手」と呼ばれていた時代に感じていたチームワークでした。しかもそれは、僕たち旗揚げメンバーの旗振りによるものではなく、1990年代のキャラメルボックスを知らない2000年以降に入団してきたメンバーたちが中心となってできてきた新しい渦でした。初期メンバーもそんな渦に巻き込まれ、気づいたら祭りのど真ん中で神輿に乗せられていた、という状況に突入してきています。
 今回の『カレッジ・オブ・ザ・ウィンド』で、そんな渦を感じていただけていたら幸いです。

 『カレッジ・オブ・ザ・ウィンド』を観ていると、自分のことと重ねてしまうことから逃れられないので、書かせていただきます。
 2012年に、自分の二男が脳腫瘍というそれまで全く接したことが無かった恐ろしい病気であるということがわかりました。そして手術をして入院し、約1年間の放射線治療と強い薬物による化学療法を経て退院。しばらくは元気に中学校に通学していたのですが今年の1月に再入院、再手術。しかしなんと退院直後の2月に都立高校を受験して、無事に合格しました。中学校に約半分くらいしか通っていない状況のうえにこれからも治療は続くわけなので、自分だったら、と考えるとかつての「大検」、今で言うところの「高等学校卒業程度認定試験」に向けてできることをする、という道を選んでいたように思います。
 しかし、息子は高校入学を目指し、達成しました。頭を手術した2週間後に試験を受けて受かるなんて、本人には申し訳ありませんが90%あり得ないと思っていました。おそるべき意志の力。そんな彼の将来の希望は「理学療法士」。つまり、1年間の入院生活の中でお世話になったリハビリテーションの先生に感銘を受け、自分も誰かの力になりたい、と願ったのです。
 彼の入院中、各科の医師、看護師、理学療法士、ソーシャルワーカーなど、たくさんのスタッフの皆さんが情報を共有して力を合わせて患者の治療に全力で立ち向かっていらっしゃる姿を目の当たりにして、おこがましくも演劇作りに似ている、と感じました。僕たちの仕事はお客さんの命に関わるものではありませんが、彼らは間違いなく人間の命を救い、心も救い、社会復帰できるところまでのお手伝いをする、ということをされています。そして先生方は、一人の担当の患者を助けるだけではなく、その家族の心のケアまでしてくださいました。
 人は一人で生きていけるのか、という命題はいろんなところでいろんな場面で採り上げられますが、人の命を助けるのは一人では無理なんだ、ということをよく思い知らされた経験でした。

 僕たちエンターテイナーは、お客さんを「助ける」わけではありませんが、楽しんでいただく仕事をしています。小説家や漫画家の方は一人でも楽しませることができるじゃないか、と思われるかもしれませんが、「書いた」だけでは誰も読めないわけで、書いたものを人が読める状態にして広めていく仕事をしている人たちがたくさんいて初めて読者のもとに届くわけで、やはり僕たち同様「チーム」によるプロジェクトであると思います。

 台本には書かれていませんが、ほしみは、幽霊になってしまった家族やご機嫌な看護師さんや同室の入院患者さんたちだけではなく、病院の関係者や学校の友人たちやあやめの仕事関係の方々からたくさんの愛情をもらって、最後、家族のみんなを見送る決意ができたんだな、と今の僕は思っています。実は初演の時には、僕はほしみみたいに強くはなれない、と思ったものです。しかし今は、物語に描かれていない部分のことを実際の病院で体験し、想像することができます。
 この体験で一歩を踏み出し強くなったほしみが、これからどんな仕事を選び、どんな大人になっていくのかが、今回の再演ではとても楽しみです。

 最後に、寂しいお知らせです。2011年に入団して、お嬢様系キャラクターとアニメ声で、ヒラヒラと飛び回るようなお芝居で活躍してきた劇団員・笹川亜矢奈が、前回公演『クロノス』を最後に退団いたしました。

 劇団員の退団は、このパンフレットのこのコーナーで事後発表する、というのが私たちの決まりです。「先に言ってくれればお別れを言えたのに」と、いつもおっしゃっていただけるのですが、製作総指揮としてもそうした方が「その劇団員の最後の舞台」というアピールでチケットがたくさん売れそうなのでそうしたいのはやまやまです。実際に、今井義博という劇団員が退団するときには、大々的に「退団記念公演」と銘打ってやったこともありました。
 しかしこの「事後発表」という形は、劇団員の総意で決められたものであるとともに、退団した本人の意志でもあります。最後の舞台を「これでやめる人」という目でお客さんに観に来ていただきたくない、というのが一つ。そしてこれからも走り続けていこうとしている共演者たちに「今回でやめる人」として対されたくない、ということも一つ。つまり、キャラメルボックスのチームワークという名の渦を止めたくない、という思いが、この形式を選ばせている、ということなのです。
 笹川ももちろん「円満退団」でありまして、退団後のことは本人から本人のブログなどでご報告があるかと思いますので楽しみになさっていてください。

 さぁ、キャラメルボックスの次回公演は筒井康隆さんの『時をかける少女』。もう、多くは語りません。30年間「エンターテインメント・ファンタジー」を上演し続けてきた劇団の「これまでと今」を、必ず体験してください。お待ちしています。

[2015.4.21. Katoh Masafumi ]

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